第4章 コンビニ 暇 宅建

   

 

コンビニを手伝うことに決めた僕は、パチンコ屋をやめることにしました。

 

そして僕もほぼ毎日コンビニに出勤するようになりました。

 

母親のやっていた業務をいろいろ覚えて、店長として毎日同じことを繰り返していました。

 

同時、コンビニからの給料日は月に2回あり、1日は固定給もう1日は利益の何割か。

をもらっていました。

だいたい月30万くらいでしょうか。

 

パチンコ屋の給料が月17万円ほどで、そこから家賃とかを払っていましたが、

 

実家に戻ってからは家賃も食費もいらないので、結構お金が貯まりました。

当時は「めっちゃ給料もらえるし、家族でやってるから楽やし、

このまま今のコンビニを継ごう!」

と本気で思っていまいた。

 

 

そして母親がだいぶ楽になり、コンビニにいつも通り戻ってくるようになりました。

 

 

母は僕に迷惑かけたくなかったんだと思いますが、僕の仕事はどんどんなくなっていきました。笑

 

 

いつの間にか僕はお昼出勤になっていました。

そして僕の給料も月1回になり、しかも時給制になりました。ボーナスもありません。

 

月の手取りが15万円とかになってしまったので、年収180万円です。笑

それでも実家暮らしなので、生活できましたが

毎日が暇になってきました。

 

 

僕は接客が大嫌いなので、このままずっとコンビニをやっていくことが嫌になり始めたので

何か行動を起こそう!!暇やし!!

と考えるようになり、まず国家資格でも取ってみようかな。と考えました。

 

 

19歳の時に一度受けたことがある『宅建』と取ろう!!と決心しました。

19歳の時は資格を取るために、週3回の塾に通っていましたが、

その頃はパチンコ全盛期で、ずっとパチンコのことを考えていました。

 

塾中は机の下で、スロットのアプリをしたり、翌日の狙い台を決めたりしていました。

 

結果は惨敗で、自己採点もせず、合格発表も見ていません。

 

 

 

せっかく母が高い塾代出してくれてたんだし、もっかいチャレンジしてみよう!と思い、

猛勉強を始めました。

 

 

僕は不動産屋に勤めたこともない、完璧など素人です。

しかも独学です。塾の記憶は0です。

 

時間はあるんだから、ここは勉強時間で勝負しようと思い、毎日約3時間の勉強を10ヶ月続けました。

 

 

最初の頃は、なにが書いてあるのかを全く理解できませんでしたが、

徐々に意味がわかるようになりました。

 

ある程度勉強したら、あとは過去問をひたすら解きました。

何度も何度も同じような問題をこなしました。

 

 

得意分野を完璧にして、不得意な分野は諦める。

 

みたいな戦略もありましたが、

僕は得意不得意とかは作らずひたすら全分野に取り組みました。

 

 

過去10年間50問ずつの問題、トータル500問の過去問をがむしゃらにやり続けました。

DSの宅建のカセットがオススメです。笑

かさばらないし、使い方次第でかなり便利に過去問ができます。

 

 

そして10ヶ月・・・

 

試験の日がやってきました。

僕は結構自信がありました。

 

あれだけ過去問を繰り返しやってきたので、

『絶対に落ちるはずがない』とゆうマインドが出来上がっていました。笑

 

 

試験会場に入る時に学研みたいなところがティッシュを配っていました。

『速報回答予想みたいなのを配信するんで、ぜひうちのサイトをみてください!!

で、落ちたら来年はうちの講義を受けてくださいねー!!』

てゆう縁起の悪い集団です。笑

 

 

そんなティッシュ配りをしている中にいた一人のおじさんが

なんか白いオーラみたいなのを放っていました。

嘘じゃありません。笑

 

僕は絶対ティッシュなんかもらわん。と決めていましたが、

吸い込まれるように、そのおじさんのティッシュをもらっていました。笑

 

 

その時一緒にもらった冊子のなかに『今年度出題予想問題』なるものが入っていて

無意識にそれをじーっと眺めていまいした・・・

 

 

 

そして試験開始の時間になり、余裕綽々で問題用紙を開いて僕は愕然としました・・・

 

 

 

「カ・・・カ・・・カ・・・カコモント ゼンゼン チガウ・・・」

 

 

 

そう、今までやってきた問題に近しい問題がほとんどなかったのです。

僕はお腹が痛くなりました。笑

 

とりあえずわかりそうな問題からどんどん進めていきました。

 

 

 

するとなんか見たことある問題が出てきました。

「あれ?これどっかで見たな。

 

 

あ!さっきの白いオーラおおじさんが配ってた冊子に全く同じ問題書いてた!!」

 

そう、どっかの塾の予想問題が見事的中していたのです。

唯一その問題だけ自信があり、あとはあっているかどうかわからないまま試験は終わりました。

 

 

 

試験が終わったあとは、当時まだ友達だった今の妻と焼け酒をしました。

 

酔っ払って「あんだけやってきたのに、落ちたあんだけやってきたのに、落ちた」

と繰り返しいっていたみたいです。笑

 

 

 

そして速報回答予想が配信されて自己採点してみると50点中32点。

例年の合格ラインはだいたい33点or34点。

 

 

そこから合格発表まで胃が痛くなる日々が続きました。

 

毎日予想合格ラインの検索をしました。

僕が受けた年の試験は例年より難しかったらしく

予想は32点が60%だの

31点が40%だの

33点が60%だの・・・

 

いろんな情報が出回り、それを見るたびに一喜一憂していました。

ただの予想で、喜んだり、落ち込んだりしていたのです。笑

 

 

そしてそんな日々が続いていたある日、宅建合格ラインの2chを見ていたら

 

「今回は32点が合格でしょ!俺32点だったし!!」

「35点だった!受かっただろうから、合格点は何点でもいいよ!」

「神様どうか31点で合格にしてください!!」

 

みたいなことを書いているところに一言ばっさり・・・

 

 

「お前らみたいなギリギリ受かったか落ちたかみたいなやつに、不動産取引されたくない」

 

と書かれていました。笑

 

 

 

確かに!!!

 

と思った僕はそれ以降、合格予想とかを調べなくなりました。

結局自分のことしか見えてなかったみたいです。

 

 

 

 

結果的に無事、宅建に合格していました。

ぎりぎり。

 

 

 

この経験で僕が手に入れたものは

・宅建の資格

・何かをやる時は独学はやめたほうがいいこと

・自分のことしかみる余裕がないのはよくない

 

でした。

 

 

このことから輸入を始める時にはしっかりコンサルティングを受けることになりました。

 

 

明日は輸入ビジネスとの出会いを書きます。

 

 

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